2012/01/14

The Headless Hawk / the last scene

ニーチェは答える。
 強い光に照らされて物が見えなくなる 大いなる正午/ the Great Noon には
すべての陰がなくなり、明暗のない世界が訪れる。


その、あらゆるものの価値観/ 優劣、美醜、貧富、老若
善悪 (good and evil ) が 消失したニヒリズムの世界を
自分にとっての「よいこと」を基準に、一人歩き始めたた時、
未来は過去であり、過去は未来となる。
永遠に無価値が循環する 永劫回帰(eternal return) を認め
「ありのままの自分の世界」を肯定せよと。

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The Headless Hawk / the last scene

And the blackness of the room filled his eyes.
"You, where are you ? "
The French doors were open. An ashy trace of moon swayed on the threshold.
Rising, he stumbled forward on dizzy legs, and looked into the yard. 
She was there.  "What if it ?" he whispered.
"I saw him, " she whispered.  "He is here."

開いた目に最初に入ったのは部屋の暗闇だった。
「きみ、どこにいるんだ?」
フレンチ・ドアが開いていた。 灰色の月の影が戸口で揺れている。
立ち上がると、彼はふらふらする足でよろめきながら歩いていき、庭をのぞいてみた。
彼女はそこにいた。 「どうしたの?」彼は小声でいった。
「あの人を見たの」 彼女はささやいた。「ここにいるの」


"Him! Him! Him! What's the matter with you ? Are you ―"
he tried too late to prevent the word― "crazy ?"
There, the acknowledgment of something he'd know, 
but had not allowed his conscious mind to crystallize.
And he thought: Why should this make a difference?
A man cannot be held to account for those he loves.  Untrue.
 
「あの人! あの人! あの人! いったいどうしたんだ、きみは? きみは」
その先はいうのをやめようとしたが、口にしてしまった。「頭がおかしいのか?」
彼女の頭がおかしいことは彼にはもうわかっていたことだった。
ただ、彼の心がそれを口にするのをこれまで抑えていた。そしていま彼は思った。
口にしないのと口にしてしまうのと、どれほどの違いがあるのだろうか?
ひとはいつも愛する者に責任をとることはできないというが、それは違う。

Feeble-witted Lucille, Connie in her hushed deaf world, 
Allen, old now,and lost―all betrayed.
And he'd betrayed himself with talents unexploited, voyages never taken, promises unfulfilled.
There had seemed nothing left him until― 
oh, why in his lovers must he always find the broken image of himself? 
Now, as he looked at her in the aging down, his heart was cold with the death of love.

才気のないルシール、耳の聞こえない静かな世界のなかのコニー、年老いて希望を失っているアレン、
彼らはみんな彼に裏切られた。そして彼自身も自分を裏切ってきた。
才能を磨くことをしなかったし、旅に出ることもなかった。約束を果たすこともなかった。
彼にはもう何も残されていないように思えた。そしてようやく彼女が ―
 ああ、それなのになぜ、彼は愛した人間のなかに自分自身の壊れたイメージを見てしまうのか?
いま、明るくなっていく闇のなかで、彼女を見つめながら、彼の心は、
また愛が消えていくのを感じて冷たくなった。


Four aspirins, one right after the other, and he came back into the room. 
Fever can make time pass so queerly. He brought her suitcase from the closet, 
and put it on the bed. He eyed it with guilt. Where would she go?
Really, though―and he'd thought it out―there was no other way. 
So he gathered her belongings.

アスピリンを4錠、次々にのみこみ、彼は部屋に戻った。
熱のせいで、時間が奇妙に過ぎていくように感じられる。 
彼は戸棚から彼女のスーツケースを引っぱり出して、ベッドの上に置いた。
彼は、うしろめたい気持ちでそれを見た。ここから追い出されたら彼女はどこに行くのだろう?
だが ― 彼はよく考えぬいたが ― 別れる他に方法がないのだ。
そう考えて、彼は彼女の持物をまとめた。

Now he tried to close the case, and, too weak with fever, collapsed on the bed.
Quick yellow wings glided through the window. A butterfly. He'd never seen a butterfly in this city,
and it was like a floating mysterious flower, like a sign of some sort,
and he watched with a king of horror as it waltzed in the air.

彼はスーツケースを閉じようとしたが、熱で弱っていたので、ベッドの上に倒れ込んだ。
黄色い羽根が窓からさっと入ってきた。蝶々だった。彼はこれまで蝶々など見たことがなかった。
蝶々は、空中に浮かぶ不思議な花のようだった。何かが起こる前兆のようだった。
彼は、蝶々が空中でワルツを踊るのを、一種の恐怖の念で見つめた。


He was crying. 
And through the tears the butterfly magnified on the ceiling, huge as a bird. 
The wind from their wings blew the room into space.

彼は泣いていた。涙で濡れた目で見ると、天井の蝶々は実際より大きく見えた。
鳥のように大きい。蝶々の羽根が起こす風が彼の部屋を宇宙へと吹き飛ばす。


Vincent, setting the suitcase in the hall, grinned sheepishly.
He closed the door like a thief, bolted the safety lock. 
In the still room there was only the subtlety of shifting sunlight and a crawling butterfly;
it drifted downward like a tricky scrap of crayon paper, and landed on a candlestick.

ヴィンセントは、スーツケースを廊下に置くと、臆病そうに笑った。泥棒のようにドアを閉め、安全錠を掛けた。
静まりかえった部屋のなかには、かげっていく日の光と、這いまわる蝶々の微妙な動きがあるだけだった。
蝶々はクレヨンで本物そっくりに描かれた絵の切抜きのように舞い降りて来て、燭台の上にとまった。



Dusk, and nightfall.
Waking, he peered through eyeslits, heard the frenzied pulse-beat of his watch. without investigating he knows the suitcase is missing, that she has come, that she has gone;
why, does he feel so little the pleasure of safety, and only cheated, and small―small as the night when he searched the moon through an old man's telescope?

夕暮れが来て、夜になった。
彼は目をさますと、薄目をあけてあたりを伺った。腕時計が狂ったような音をたてている。
調べてみなくても、スーツケースがなくなっていること、つまり、彼女が戻ってきて、また行ってしまったことが、彼にはわかっている。それなのに、なぜ彼はやっとひとりきりになれる喜びを感じないのだろう。ただ裏切られたような、
自分が小さくなったように感じられるだけだ。 小さく、まるで老人の望遠鏡を覗いて月を探した夜のように小さく。


Her eyes shifted discreetly to the man mounting the steps, Vincent.
The wordless pantomime of her pursuit contracted his heart, and there were coma-like days
when she seemed not one, but all, a multiple person, and her shadow in the street every shadow,
following and followed.
He'd screamed: "I am not him! Only me, only me!"
But she smiled, because, after all, she knew.

彼女の目は、階段を上がってくる男の方へ、そっと移った。ヴィンセントだ。
彼女は無言で彼のあとを追ってくる。その無言のしぐさが彼の心臓を縮めさせ、昏睡状態にあるような日が続いた。 そんな日には、彼女が一人ではなく、何人も、複数いるように思えた。
彼は叫び声を上げた。「ぼくは、あの男じゃないんだ! ぼくだ! ぼくだ!」
しかし、彼女は微笑むだけだた。
彼がなんといおうと、彼女には、彼があの男であることがわかっていたからだ。


He paused under a street lamp that, blooming abruptly, fanned complex light over stone;
while he waited there came a clap of thunder, and all along the street every face but two,
his and the girl's, tilted upward.

彼は通りの街灯の下にたたずんでいた。
突然、街灯が点り、石畳の上に複雑な光を扇のように広げた。
なおも彼が立っていると、稲妻が光った。通りにいる人間みんな顔を空に向けた。
そうしなかったのは、彼と彼女だけだった。

Presently, with slow scraping steps, she came below the lamp to stand beside him,
and it was as if the sky were a thunder-cracked mirror,
for the rain fell between them like a curtain of splintered glass.

やがて、彼女がゆっくりした足どりで、街灯の下に近づいてきて彼の横に立つ。
空は、雷で割れた鏡のように見える。
雨がふたりのあいだに、粉々に砕けたガラスのカーテンのように落ちて来たからだ。


あとがき


最後になりましたが、私が取入れた挿画は ビュッフェ作の3枚を除き
すべてスペイン出身のシュルレアリスム画家 レメディオス・バロ Remedios Varo 絵からなっています。
最初は挿画と小説シーンとの シンクロニシティ/ Synchronicity 発見に嬉しくなりました。
ですが、作業を進めるうちに
 彼女は、カポーティーのこの作品をイメージしてこれらの絵を描いたと確信されるまでになりました。
それは海外では既に周知な事実なのかもしれませんが、調べてもよく分りません。
 マドンナは、バロの作品に影響を受けたと思われる
Madonna-Bedtime Story (Video) を作っています。
また、偶然撮れた 1 枚の写真を見ていると
ニーチェの言葉が何度も聞こえてくるのが不思議でした。

無駄に見えるこのような作業を通して
 偶然を発見し、閃きを得て何かを掴み取る力 
セレンディピティ / Serendipity
  「偶察力」 を養っていければ幸いです。

16 件のコメント:

  1. Anzuさん、
    この絵と文章の相乗効果はすごいですね。この彼には音が聞こえるような孤独がかんじられました。でも、今一歩踏み込めません。
    テレビで「天守物語」を見ました。この感じの幻想は結構好きなのです。
    こうしてAnzuさんのブログに出合えたのも、一種のserendipityなのでしょうね。

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  2. Snowwhiteさん 
    最後までお付き合い頂きありがとうございました。彼の孤独を感じる事はできますが、それが何を意味するのか漠然としていますね。

    幼い頃、両親の愛情を得ることができず、暗い世界でひとり育ったカポーティーは彼自身を暗喩する「不吉な影がつきまとう無垢なる少女」に元の世界に引き戻される事に怯えながらも、あの場所に帰りたという「自己矛盾と分裂」に苦しんでいますね。カポーティーが死の床について最後に口にした言葉は、唯一幸せな少年時代の自分の呼び名「バティー」だったそうです。誰に傷つけられることもなく、誰を傷つけることもない無垢な自分の世界へ戻っていったのだろうと解説されています。

    泉鏡花の「天守物語」とても気になります。映像を見てみたいです。
    トライできそうな幻想世界を探してみます。

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  3. Anzuさん。ここまで話が進んでいたのですね。日本語だけで話の筋を追いました。せっかくの英語、また戻って読み直します。 内容も私の読解力、感性では消化しきれないものがあります。映像と物語の呼吸がピッタリでこわいくらいです。

    「そうではないか」と思った時の興奮と「やはりそうだった」と確信した時の喜び・・・ やりがいがありますね。 最初の絵はビュッフェかなと思いましたが、最後の蝶は意外でした。

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    1. コメント頂きありがとうございます。今でも、この小説の何が私をここまでかきたてたのか不明です。もしかしたらバロもこの小説の中に自分の深層心理が見出せそうな気がしたのかも?と思えます。自分の本当の気持ちも案外解らないものですね。ビュッフェの蝶は少し加工してあるので、意外だったのかもしれません。あしからず。

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  4. そうか・・・この音を立てた孤独はカポーティのものなのですね。でもそれを文学に昇華させたのはやはり与えられたギフトですね。Anzuさんのように、それを読み取れるのも生まれ持ったギフトです。 私には何があるのか、ないのかこれからも気長に出てくるのを待ちます。
    keiko

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    1. 次の作品にとりかかりたいのですが、かなりエネルギーがいるので、なかなか手が出せません。つきうごかす何かが必要なのでしょうね。ε- (´ー`*)

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  5. Interesting pictures...
    Best regards,

    Pierre

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  6. wonderful images and post!

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    1. A ☆Hi!ヽ('ー')
      I'm glad of your stopping.
      Thank YOU!

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  7. The first picture is wonderfull. Did you do it ?

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  8. Hi! Arnaud
    I apologize for this late reply.
    It's my inspirable photo which had been taken as it happens.
     Thank you!

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  9. Best regards from France...

    Pierre

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  10. Your images are very beautiful.

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  11. Nice video and picture, greeting from Belgium
    MONS MA VILLE EN BELGIQUE - LOUISETTE BLOG
    http://louisette.eklablog.com/

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